本の虫と文字の虫とその周辺 (初めての方はカテゴリより、「はじめに」と「登場人物紹介」から)
まぁ今更なんて思わずに。
サンキュー・インバイティング
「しばらく忙しいって言ってなかったか」
「言った、し、実際忙しかったけど……」
「和泉の締め切りは、」
「それがねー、余裕だったのよ」
ふふ、と指先を口元に揃えて笑う。
この仕草はたいへんよろしくない。
「短冊にでかでかと"休みが欲しい"って書いて渡したら、丹波くん、すごく頑張ってくれて」
「…………」
「まぁ、"こんなの二度とごめんだ"みたいなことぼやいてたけど。ちょっとあのコとの時間もお預けしちゃったしねー」
「弟子が憐れだ……」
「いいでしょう?お陰でこんな美人とお酒飲めるんだから」
まぁ今は仕事中だから飲まないけど、と言って酒の準備を始めようとした俺に釘を刺した。冷蔵庫に向かおうと立ち上がりかけた俺は座りなおす。
「美人ねぇ……」
訝しむ俺のつぶやきに突っかかってくることもせずに綺麗に笑う。
昔の口うるさい新人時代を思うと確かに化けたもんだ。あの頃は色気も何もなかったのに。
(むしろ自分はなんて物好きなんだろうとか思ったくらいだ。)
「願いが叶ったってわけ。お肌も良好よ」
「高いだけの化粧水使ってんじゃねーの」
「無添加ですー」
「あぁ、そう」
こいつの願いを叶えたんだったら、
今更だなんて言わない。
一つ俺の願いも叶えてくれたっていいんじゃないか。
過去の締め切り前
思い付きもしなかったことを、いま。
「なぁ、」
「何?」
「ほら」
「……なによこれ」
「まぁ聞けよ」
「ここにパチンコの景品でもらってきた図書カードがある。これでお高い定価本でも買えばいい。ちなみにウチでは使えない。古本屋だからな」
「で。こっちが映画の前売り券。お前が見たいっつってたやつ。これは俺の自腹」
図書カードとチケットを机の上に並べる。
「さぁどっち」
「……私は誘われているのかしら」
「平たく言えば」
「なんの冗談よ」
冗談て。
茶化す割には真剣に考えてやがるじゃねーか。
「映画、は、確かに見たかったけど。価値は三千円図書カードの方が上よね」
「………そうだな」
しまった千円分にしとけばよかった。ぬかった。
「悩むなぁ」
悩むなよ。と心の中でひとりごつ。
カードとチケットを見比べている様が見ていられなくて、
自分ではあまりしない本の整理を始めてみた。が、本棚は作者別に綺麗に整理されていて手の入れようがない。あいつらちゃんと仕事してたんだな。
適当に本を一冊取り出してぱらぱら捲ったリしていると、
後ろであいつが椅子を引く音がした。
振り返るよりも早く声がする。
「バカね」
さっきの茶化した声とはうってかわって張りつめた、凛とした声が広がる
。あぁ振られるな。と直感的に思った。
「昔とは違うんだから、」
「あんまり振り回さないでちょうだい」
それだけ言って帰ってしまった。終始読む気もない本に視線を落としてた俺は思う。何しに来たんだ一体。
足音が充分に遠のくのを待って本を棚にしまう。
「(……そりゃそうか)」
確かに虫が良すぎるよな。あいつが良い歳なら俺は既に良いおっさんだし。にしてもなんだ、せつないったらない。
こんなことなら酒が入ってるときにすればよかった。
髪をガサガサかいて、二枚の所存を思い出す。
図書カードは使いようもあるが自腹で買ったチケットが勿体ない。
さて。くれてやるならバイトの2人か、それとも和泉と噂の女子高生か。
正直どっちでもいいが……。
「…………」
まさかあいつはちゃっかり図書カードだけ持っていったんじゃないだろうな。
慌てて机を確認する。
「……………………あれ」
図書カードだけがそこに残っていた。……あぁ。
「………なに着て行こう」
サンキュー・インバイティング
迷うことなくチケットを手にとった自分がおかしい。
一枚の短冊が一枚のチケットに。
昔心の底から願ったことが、今この手の中で叶いそう。
なんて素敵。
チケットを笑いが零れだす口元に当てる。
「何着て行こうかしら」
(あんまり振り回さないで)
(浮かれてしまうから)
「言った、し、実際忙しかったけど……」
「和泉の締め切りは、」
「それがねー、余裕だったのよ」
ふふ、と指先を口元に揃えて笑う。
この仕草はたいへんよろしくない。
「短冊にでかでかと"休みが欲しい"って書いて渡したら、丹波くん、すごく頑張ってくれて」
「…………」
「まぁ、"こんなの二度とごめんだ"みたいなことぼやいてたけど。ちょっとあのコとの時間もお預けしちゃったしねー」
「弟子が憐れだ……」
「いいでしょう?お陰でこんな美人とお酒飲めるんだから」
まぁ今は仕事中だから飲まないけど、と言って酒の準備を始めようとした俺に釘を刺した。冷蔵庫に向かおうと立ち上がりかけた俺は座りなおす。
「美人ねぇ……」
訝しむ俺のつぶやきに突っかかってくることもせずに綺麗に笑う。
昔の口うるさい新人時代を思うと確かに化けたもんだ。あの頃は色気も何もなかったのに。
(むしろ自分はなんて物好きなんだろうとか思ったくらいだ。)
「願いが叶ったってわけ。お肌も良好よ」
「高いだけの化粧水使ってんじゃねーの」
「無添加ですー」
「あぁ、そう」
こいつの願いを叶えたんだったら、
今更だなんて言わない。
一つ俺の願いも叶えてくれたっていいんじゃないか。
過去の締め切り前
思い付きもしなかったことを、いま。
「なぁ、」
「何?」
「ほら」
「……なによこれ」
「まぁ聞けよ」
「ここにパチンコの景品でもらってきた図書カードがある。これでお高い定価本でも買えばいい。ちなみにウチでは使えない。古本屋だからな」
「で。こっちが映画の前売り券。お前が見たいっつってたやつ。これは俺の自腹」
図書カードとチケットを机の上に並べる。
「さぁどっち」
「……私は誘われているのかしら」
「平たく言えば」
「なんの冗談よ」
冗談て。
茶化す割には真剣に考えてやがるじゃねーか。
「映画、は、確かに見たかったけど。価値は三千円図書カードの方が上よね」
「………そうだな」
しまった千円分にしとけばよかった。ぬかった。
「悩むなぁ」
悩むなよ。と心の中でひとりごつ。
カードとチケットを見比べている様が見ていられなくて、
自分ではあまりしない本の整理を始めてみた。が、本棚は作者別に綺麗に整理されていて手の入れようがない。あいつらちゃんと仕事してたんだな。
適当に本を一冊取り出してぱらぱら捲ったリしていると、
後ろであいつが椅子を引く音がした。
振り返るよりも早く声がする。
「バカね」
さっきの茶化した声とはうってかわって張りつめた、凛とした声が広がる
。あぁ振られるな。と直感的に思った。
「昔とは違うんだから、」
「あんまり振り回さないでちょうだい」
それだけ言って帰ってしまった。終始読む気もない本に視線を落としてた俺は思う。何しに来たんだ一体。
足音が充分に遠のくのを待って本を棚にしまう。
「(……そりゃそうか)」
確かに虫が良すぎるよな。あいつが良い歳なら俺は既に良いおっさんだし。にしてもなんだ、せつないったらない。
こんなことなら酒が入ってるときにすればよかった。
髪をガサガサかいて、二枚の所存を思い出す。
図書カードは使いようもあるが自腹で買ったチケットが勿体ない。
さて。くれてやるならバイトの2人か、それとも和泉と噂の女子高生か。
正直どっちでもいいが……。
「…………」
まさかあいつはちゃっかり図書カードだけ持っていったんじゃないだろうな。
慌てて机を確認する。
「……………………あれ」
図書カードだけがそこに残っていた。……あぁ。
「………なに着て行こう」
サンキュー・インバイティング
迷うことなくチケットを手にとった自分がおかしい。
一枚の短冊が一枚のチケットに。
昔心の底から願ったことが、今この手の中で叶いそう。
なんて素敵。
チケットを笑いが零れだす口元に当てる。
「何着て行こうかしら」
(あんまり振り回さないで)
(浮かれてしまうから)
PR
Comment
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
最新記事
(08/05)
(02/16)
(01/24)
(10/20)
(08/27)
カウンター
ブログ内検索
アクセス解析