本の虫と文字の虫とその周辺 (初めての方はカテゴリより、「はじめに」と「登場人物紹介」から)
まぁ古かったからね。と言ってしまえばそれまで。
それでも充分機能していたんだからやはり廃棄よりかは修理を選びたい。
前触れもなくいきなり動かなくなってしまった。
使えるのに邪な気持ちで使わなかったからヘソを曲げてしまったのかもしれないな。
今度こそ、
クーラーはつかない。
「扇風機は、」
「知ってるか?電化製品の故障は連鎖するんだ」
「絶望的じゃないですか……」
密閉はさすがに死ぬと思ったが窓を開けても風がない。
これじゃあどっちがマシかわかったもんじゃない。
うちわで扇いだところで熱い風が移動するだけ。
もはやこの家に暑さをしのぐ手段はなかった。
「どうするんですか」
「五時には修理屋が来る」
「買換えましょうよ……」
「考えないわけじゃないけどな」
「ここは一発思いきって!」
「脚下」
「えー」
「これでいいんだよ」
まぁわからなくはないですけど。と言って彼女は畳に寝ころんだ。
「家に帰れば涼しいクーラーが待ってるんじゃないか」
「いてあげますよ。暑くても我慢して」
だからもっと良い顔してください、なんて。
できるか畜生、複雑な顔で一杯一杯だ。
それに今日はなんでそんなに上からなんだ。
「……腹出てるぞ」
「サービス?」
「何に対しての」
「さぁ」
「ほんとにきみは自由だな……」
彼女が少し笑って目を閉じた。
寝るなというのももうしんどくて、俺はそろそろ執筆に戻ろうとペンを持ち、額の汗をぬぐった。
汗が原稿用紙にこぼれおちる。
全く筆が進まない。
七日の命がやけに煩い。
原因はそれだけでもなくて、
視界の端で彼女を捉えてもうすでに数十回。
文明の利器に頼らなきゃ生計も立てれそうにないと実感してがっかりした瞬間。
彼女は何かを思いたって、ローファーを引っ掛けて炎天下に飛び出していった。いつのまに起きたのか。鞄はここに置いたまま。
帰ったわけではないだろうと、それでも落ち付かずに待っていると五分もせず帰ってきた。
相当熱いらしく前髪が汗で湿っている。
「じゃーん」
コンビニ袋から取り出したのは、今まさに冷蔵庫から取り出したような冷気を放つ、アイスクリーム。
袋をやぶいて彼女が一口目を口にする。
「つべたい、です」
おいしい、と笑う。
みかんが贅沢に入ったバーアイス。
しかし、なんだ。
コンビニ袋がぺたんこな気がするんだが。
あれ。
「……一本だけ?」
「え?」
彼女は丸い目で答える。
「……俺の分は、」
「ないです」
「ほんとに?」
「ないです」
「……信じられない」
しばらくふてくされたのは言うまでもない。
「女の子のお財布アテにするなんてサイテーですよ」
「男の財布アテにすんのもたいがいサイテーだろ」
「まぁたしかに」
「やさしさが足りない」
「そんなこと言うならもうあげません」
「…………」
じっと視線の攻防、かと思いきや、
暑さに双方、戦意喪失。
ただここまでくるのに、やたらと時間がかかった。
「……一口いりますか?」
「……いる」
最初から二人ともそれで折れればいいのに。
もうほとんど溶けてるじゃないか。
氷菓子
(間接なんたらなんて茶化すこともできないくらい意識して)
それでも充分機能していたんだからやはり廃棄よりかは修理を選びたい。
前触れもなくいきなり動かなくなってしまった。
使えるのに邪な気持ちで使わなかったからヘソを曲げてしまったのかもしれないな。
今度こそ、
クーラーはつかない。
「扇風機は、」
「知ってるか?電化製品の故障は連鎖するんだ」
「絶望的じゃないですか……」
密閉はさすがに死ぬと思ったが窓を開けても風がない。
これじゃあどっちがマシかわかったもんじゃない。
うちわで扇いだところで熱い風が移動するだけ。
もはやこの家に暑さをしのぐ手段はなかった。
「どうするんですか」
「五時には修理屋が来る」
「買換えましょうよ……」
「考えないわけじゃないけどな」
「ここは一発思いきって!」
「脚下」
「えー」
「これでいいんだよ」
まぁわからなくはないですけど。と言って彼女は畳に寝ころんだ。
「家に帰れば涼しいクーラーが待ってるんじゃないか」
「いてあげますよ。暑くても我慢して」
だからもっと良い顔してください、なんて。
できるか畜生、複雑な顔で一杯一杯だ。
それに今日はなんでそんなに上からなんだ。
「……腹出てるぞ」
「サービス?」
「何に対しての」
「さぁ」
「ほんとにきみは自由だな……」
彼女が少し笑って目を閉じた。
寝るなというのももうしんどくて、俺はそろそろ執筆に戻ろうとペンを持ち、額の汗をぬぐった。
汗が原稿用紙にこぼれおちる。
全く筆が進まない。
七日の命がやけに煩い。
原因はそれだけでもなくて、
視界の端で彼女を捉えてもうすでに数十回。
文明の利器に頼らなきゃ生計も立てれそうにないと実感してがっかりした瞬間。
彼女は何かを思いたって、ローファーを引っ掛けて炎天下に飛び出していった。いつのまに起きたのか。鞄はここに置いたまま。
帰ったわけではないだろうと、それでも落ち付かずに待っていると五分もせず帰ってきた。
相当熱いらしく前髪が汗で湿っている。
「じゃーん」
コンビニ袋から取り出したのは、今まさに冷蔵庫から取り出したような冷気を放つ、アイスクリーム。
袋をやぶいて彼女が一口目を口にする。
「つべたい、です」
おいしい、と笑う。
みかんが贅沢に入ったバーアイス。
しかし、なんだ。
コンビニ袋がぺたんこな気がするんだが。
あれ。
「……一本だけ?」
「え?」
彼女は丸い目で答える。
「……俺の分は、」
「ないです」
「ほんとに?」
「ないです」
「……信じられない」
しばらくふてくされたのは言うまでもない。
「女の子のお財布アテにするなんてサイテーですよ」
「男の財布アテにすんのもたいがいサイテーだろ」
「まぁたしかに」
「やさしさが足りない」
「そんなこと言うならもうあげません」
「…………」
じっと視線の攻防、かと思いきや、
暑さに双方、戦意喪失。
ただここまでくるのに、やたらと時間がかかった。
「……一口いりますか?」
「……いる」
最初から二人ともそれで折れればいいのに。
もうほとんど溶けてるじゃないか。
氷菓子
(間接なんたらなんて茶化すこともできないくらい意識して)
今までは趣のある素敵なおうち、なーんて思ってました。けど、撤回!
もしかしてここは高度な経済の成長を迎えていないのか。
「いくらなんでもこの家暑すぎます」
「日陰だし大丈夫だって」
「それじゃあ耐えきれません」
「耐えて」
「……和泉さん戦後に出てきた3Cって知ってますか」
「ちょークールな千島列島」
「………」
ダメだ。暑すぎる。
暑すぎて、天才作家の頭も沸騰してるのかもしれない。
「うそ、冗談」
「この家には3Cのうちひとつしかないですよね」
「え?車以外はあるよ」
「どこにですか…、あった」
クーラーって、白とか灰色じゃなかったっけ?
今どき日曜6時半の国民的アニメもこんな茶色のでかいクーラーなんて使ってない。たいそう趣のある木の壁と色が同化して今まで気付けなかった。これつけたら変な音とかしない?大丈夫?
「つけないんですか?」
「つかないんです」
「えー」
「それについてないほうが大正ロマンな感じだし」
「それは和泉さんが扇風機一人占めしてるから言えるんですよ」
鬱陶しい黒髪をバタバタなびかせながら執筆中。
あたしは珍しく背中にはくっついていなかった。あたし汗かいててくさかったら嫌だもん。そんなとこ知られたくない。
「入れば?」
扇風機の勢力範囲内にですか。だからむりですって。
原稿とにらめっこしたまんま、こいこいと手招きをする。そんな和泉さんがちょっと可愛かったから、ついつい向かってしまった。
半透明の緑の羽を回し続ける、クーラーに引き続きこれまた無駄にレトロな扇風機。近づいたついでにつまみをひねって風力を最大にする。
「ちょっと!」
「あ」
書き終わった原稿がばっさばさ飛ばされる。でも部屋からは出ていかなかったから、取りにいかなくてもいいだろうってきっと和泉さんもあたしも同じ判断を下した。だって暑いもん。仕方ない。
「そこ風届かないでしょ」
「一応届いてます」
だから、汗くさいかもですよ。あたしはギリギリで風の届くところに座っていた。和泉さんとはまだ距離がある。
「……いつもみたいに座ればいいのに」
今日初めてあたしの方を見たかもしれない。腕を掴んで、無理やり隣に、いつもの場所に座らせる。
「風きた?」
「かなりきてます」
「よかった」
「さっきより暑いですけど」
「…俺も」
背中合わせの熱は夏にはけっこう厳しい。それでも、同じこと思ってるのにお互い離れないのは、あたしにとっても和泉さんにとっても、今日が動くのも面倒なほどあついからだと思い込むことにした。
*
「二人ともあついでしょ!和泉くんなんでクーラーつけてないの?」
「え、つくんですか!」
「ちょっと美作さん……」
「(…そういうことか)」
暑い、熱い夏がきた。
「もう梅雨明けね」
「え」
今日は新作の小説の締め切り日。
原稿を取りにきた美作さんが窓の外を見つめ言った。
「あら、確かニュースで言っていたわよ」
小首を傾げ、髪がさらりと動く。
「嘘…」
「嘘じゃないわよ!」
どうして嘘をつかないといけないのよ、と原稿をまとめながら言う。
確かに嘘をつく必要性はないが……
でも
俺には必ずわかるはずだ。
だが、梅雨の存在すらあまり感じていなかった俺がいる。
動揺している俺を見た美作さんは「あぁ」と、何かわかったらしい。
「そっか、この時期の丹波君は不調子だもんね…」
これはもはや体質としか言えないもの。
重々しい灰色の雲が空を埋めつくすこの時期、雨は連日降り続ける。
この時期はあまり好きでない。
「いつもなら、ダラーっとしているか、不機嫌かのどっちかなのにね」
どうしてかしらね
美作さんはチラリとこっちを見た。
何かを確認するような、答えがわかっていて試すような目で、俺を見る。
あぁ
わかってますよ。
気分を害している暇なんてなかったんだよ。
この毎日に。
毎日の来訪者を思い出す。
俺はクスリと笑った。
「え」
今日は新作の小説の締め切り日。
原稿を取りにきた美作さんが窓の外を見つめ言った。
「あら、確かニュースで言っていたわよ」
小首を傾げ、髪がさらりと動く。
「嘘…」
「嘘じゃないわよ!」
どうして嘘をつかないといけないのよ、と原稿をまとめながら言う。
確かに嘘をつく必要性はないが……
でも
俺には必ずわかるはずだ。
だが、梅雨の存在すらあまり感じていなかった俺がいる。
動揺している俺を見た美作さんは「あぁ」と、何かわかったらしい。
「そっか、この時期の丹波君は不調子だもんね…」
これはもはや体質としか言えないもの。
重々しい灰色の雲が空を埋めつくすこの時期、雨は連日降り続ける。
この時期はあまり好きでない。
「いつもなら、ダラーっとしているか、不機嫌かのどっちかなのにね」
どうしてかしらね
美作さんはチラリとこっちを見た。
何かを確認するような、答えがわかっていて試すような目で、俺を見る。
あぁ
わかってますよ。
気分を害している暇なんてなかったんだよ。
この毎日に。
毎日の来訪者を思い出す。
俺はクスリと笑った。
今更七夕?そーです。7月中ならいいんです。←俺様基準
「……………」
普段よく喋る人間が黙り込む事ほど気まずい空気はないと思う。
彼女は短冊やらなんやらを飾りつけた決して大きくはない笹を握ったまま窓から外を恨めしそうに眺めている。
小さな背中から放たれているオーラは哀しみなのか怒りなのか。
「雨…降っちゃいましたね」
ぽつりと零された言葉。
どう返したら良いのか分からず「あぁ」なんて無難な返事をした。
「ひどくないですか?織り姫と彦星は年に1回しか会えないのに雨ですよ?」
嬉しそうに笹と短冊セットを持って彼女がやって来た時には晴れていた空は今は雨。
織り姫の父親によって引き裂かれた2人は1年に1度、七夕の日にだけカササギに手伝ってもらい逢う事が出来る。
ただし、雨の日を除く。
「これは織り姫パパの陰謀ですかね?これだから男親ってのは……」「カササギも雨ぐらいで仕事サボるんじゃないですよ」なんて先程からぼやいているこの文学少女は中々にロマンチストなんだと意外な発見に浸っていたが、ここまで彼女が凹んでいるとこちらも調子が狂う。
かと言って、どう言葉をかけたら良いのだろう。
何年も小説を書いてきたのに脳内の語学ストックには今かけるべき台詞の該当数0。
下手な言葉をかけて彼女を傷付ける訳にもいかず悩んでいるとあちらから声をかけてきた。
「織り姫と彦星、今頃どうしてると思います?」
「え?」
「超売れっ子小説家の和泉さんなら思い付きますよね」
何だかものすごくプレッシャーを掛けられた気がするけど、この返答によって今後の彼女の気持ちが変わるのだろう。
今の俺にとっては深刻な問題だな、コレは。
じぃーっと俺を見つめる瞳から目を逸らして考えてみる。
やっぱり2人共嘆き悲しんでるんじゃないだろうか。ただそれはあまりに在り来り。彼女の機嫌も回復なんてしないはず。
もし、1年に1度しか逢えない約束すら果たされなかったら?来年までお預けになったら?
もし、俺なら?
「きっと……彦星はダメになってる」
仕事はもちろん食事なんかまで手につかず、机に突っ伏してる。男なんてそんなもん。原稿用紙をグシャグシャにしては放り投げて溜息ついて。
「頼りない彦星ですね。織り姫は?」
少し笑って続きを促す彼女を盗み見ては考える。
「織り姫も最初は哀しむはずだ。絶望の声をあげて」
でも哀しむのはそこまで。来年に向けてすぐに動き出す。
嘆き悲しんで終わるような子ではない。
きっと気の遠くなるような数のてるてる坊主を作って作って――
彦星の所にまで届くぐらい作れたらカササギなんかに頼らず自分の力で天の川すら渡るだろう。
何がなんでも逢いに行く。
「強いですね、織り姫」
「俺もそう思うよ」
「え?」
何でもないとごまかすと「流石は和泉さんですね」と褒めながら彼女は何かを作り始めた。
完成した白く小さなそれを笹に括り付けると満足そうに頷いた。
「和泉さん」
「何?」
「私も何があっても和泉さんの所に来ますからね!」
小説が読みたいから?それとも俺に逢いに?なんて聞けるはずもなくて「そうか」とだけ言っておいた。
雨が少しだけ止んできた気がした。
「……………」
普段よく喋る人間が黙り込む事ほど気まずい空気はないと思う。
彼女は短冊やらなんやらを飾りつけた決して大きくはない笹を握ったまま窓から外を恨めしそうに眺めている。
小さな背中から放たれているオーラは哀しみなのか怒りなのか。
「雨…降っちゃいましたね」
ぽつりと零された言葉。
どう返したら良いのか分からず「あぁ」なんて無難な返事をした。
「ひどくないですか?織り姫と彦星は年に1回しか会えないのに雨ですよ?」
嬉しそうに笹と短冊セットを持って彼女がやって来た時には晴れていた空は今は雨。
織り姫の父親によって引き裂かれた2人は1年に1度、七夕の日にだけカササギに手伝ってもらい逢う事が出来る。
ただし、雨の日を除く。
「これは織り姫パパの陰謀ですかね?これだから男親ってのは……」「カササギも雨ぐらいで仕事サボるんじゃないですよ」なんて先程からぼやいているこの文学少女は中々にロマンチストなんだと意外な発見に浸っていたが、ここまで彼女が凹んでいるとこちらも調子が狂う。
かと言って、どう言葉をかけたら良いのだろう。
何年も小説を書いてきたのに脳内の語学ストックには今かけるべき台詞の該当数0。
下手な言葉をかけて彼女を傷付ける訳にもいかず悩んでいるとあちらから声をかけてきた。
「織り姫と彦星、今頃どうしてると思います?」
「え?」
「超売れっ子小説家の和泉さんなら思い付きますよね」
何だかものすごくプレッシャーを掛けられた気がするけど、この返答によって今後の彼女の気持ちが変わるのだろう。
今の俺にとっては深刻な問題だな、コレは。
じぃーっと俺を見つめる瞳から目を逸らして考えてみる。
やっぱり2人共嘆き悲しんでるんじゃないだろうか。ただそれはあまりに在り来り。彼女の機嫌も回復なんてしないはず。
もし、1年に1度しか逢えない約束すら果たされなかったら?来年までお預けになったら?
もし、俺なら?
「きっと……彦星はダメになってる」
仕事はもちろん食事なんかまで手につかず、机に突っ伏してる。男なんてそんなもん。原稿用紙をグシャグシャにしては放り投げて溜息ついて。
「頼りない彦星ですね。織り姫は?」
少し笑って続きを促す彼女を盗み見ては考える。
「織り姫も最初は哀しむはずだ。絶望の声をあげて」
でも哀しむのはそこまで。来年に向けてすぐに動き出す。
嘆き悲しんで終わるような子ではない。
きっと気の遠くなるような数のてるてる坊主を作って作って――
彦星の所にまで届くぐらい作れたらカササギなんかに頼らず自分の力で天の川すら渡るだろう。
何がなんでも逢いに行く。
「強いですね、織り姫」
「俺もそう思うよ」
「え?」
何でもないとごまかすと「流石は和泉さんですね」と褒めながら彼女は何かを作り始めた。
完成した白く小さなそれを笹に括り付けると満足そうに頷いた。
「和泉さん」
「何?」
「私も何があっても和泉さんの所に来ますからね!」
小説が読みたいから?それとも俺に逢いに?なんて聞けるはずもなくて「そうか」とだけ言っておいた。
雨が少しだけ止んできた気がした。
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