本の虫と文字の虫とその周辺 (初めての方はカテゴリより、「はじめに」と「登場人物紹介」から)
手元にあるザラ紙。さっき無理やりに空欄を埋めた。埋めたところでそれが本心かどうかはわからない。
「越後さんの夢ってなんですか」
「大きな家に可愛い奥さんと可愛い猫二十匹くらいで暮らすこと。子どもは二人くらいね」
「…仕事とか、そういう話なんですけど」
「ああなんだ」
ちょっと残念そうな顔。つか猫二十匹は多すぎじゃないか。奥さんがつくづくかわいそうだ。
「ニートになりそうだよなあ」
にへらにへらと笑って言われましても。説得力有りすぎですから。
相変わらず暇な店。今はお茶飲んで休憩中。この紅茶、越後さんが持ってきた。いい香りが店内に立ち込める。なんか高そうな気がするなあ、パッケージとか全部英語だし。
「まあいざとなったら親のあと継ごうかな」
「おうちは何してるんですか」
「貿易」
事も無げに言ったけど、それってすごいんじゃないか。あれ、なんか越後って名前どっかで聞いたことなかったっけ。
「もしかしてお坊ちゃんですか」
「多分そういう感じ」
まあ次男なんだけどね。
香りのいい紅茶を啜りながら、苦笑い。じゃあこの紅茶、もしかしなくともすごく高いんじゃないか。さっきより口に含む量を減らした。急にもったいなく感じてしまった。所詮ただの庶民。
「それ進路調査とか?」
「はい、なんかやりたいこととかなくて」
「でもそんなもんだよ」
言いながらポットから新しい紅茶を注ぐ。サラサラと五本、スティックの砂糖を空にした。甘党すぎる。つうかもはや病気。
「幸せだなあ、って思える未来にしたいよね」
「…もちろん」
「でも俺さ、今が幸せだから未来にまで手回らないよ」
カップをゆっくり回しながら言う。砂糖が溶けきれなかったらしい。
カウンターが、本屋ではなくて喫茶店みたいになっている。越後さんが持ってきたポットと砂糖とクッキーとを並ばせたからだ。クッキーも高そうだな。まだ食べてないけど。
「今に勝る未来とか、今の俺には想像出来ないもん」
「大学ってそんなに楽しいですか」
「意外とつまんないよ」
「だって幸せだ、って」
「それは今」
「はあ」
「かなり幸せ」
「…よくわかりません」
じゃあわかんなくていいよ、って気になるけど、なんかこれ以上は話してくれない気がしたから諦めた。諦めて、高そうなクッキーを食べることにする。
「あ、でも」
「ん?」
「今のままだったらニートじゃなくてフリーターですね。バイトしてますから」
「じゃあフリーターがいい」
口にしたクッキーは想像していたよりもほろ苦かった。未来も、想像通りには行かないんだろうか。でもよく考えたらクッキーが苦いのは越後さんが甘い紅茶を飲むことが前提だからかもしれない。なんとなく越後さんが猫の大群と暮らす夢は実現しそうな気がした。
可愛い奥さん、そう調査書に書いていたら怒られたんだろうなあ。
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