本の虫と文字の虫とその周辺 (初めての方はカテゴリより、「はじめに」と「登場人物紹介」から)
今日のシフトは五時から。
緩やかに水平線に向かう太陽がビルの間から見えた。
緩やかに水平線に向かう太陽がビルの間から見えた。
「うち古本屋ですよね」
「うん」
「…これ、」
「店長の趣味」
うちの店長はいい年したおじさんだけど、決していかがわしい本ではない。カウンターの上に大量に積み上げられているのは、
「猫の写真集…」
なんだか唖然とするあたし。でも越後さんは当たり前のように本を開いてページを捲り出した。
「開けちゃっていいんですか」
「だってこれ売り物じゃないもん」
謎が多い店長だけど、ますますわからなくなった。どんな無駄遣いなんだ。何のために店に持ってきたのか。うーん。
そういえば越後さんは少し髪を切ったらしい。いつも跳ねまくってる髪はぺったんこだ。猫の写真集を眺める横顔は今までよりすっきりして見える。あー、睫毛長いなあ。いつも思うけど睫毛って女子より男子の方が長い。なんでなんだろ。つけまつげの売り上げ伸ばすために神様とかが操作してんのかな。
ていうか、こんなにガン見してるのに気付かないってどうなの。
「…越後さーん」
「………」
「え、ち、ご、さん」
「………」
「…備前さん」
「………」
「………」
「…え、」
今更悲しそうな顔してこっち見ても、もう言いませんけど。なんか、楽しいな。サドじゃないけど。なんて言うかからかいやすいって感じ。まあ明らかに猫に夢中だったそっちが悪い。
「猫好きなんですね」
あたしとしてはたっぷりの皮肉を込めたつもりだった、けど、越後さんはよくぞ訊いてくれました!みたいな顔になった。なんか面倒くさいことしちゃったな。
「そう!もうね、猫がいれば他にはなにもいらないって感じ!何よりも可愛いし、俺の人生の癒しだね」
「…熱狂的ですね」
「店長もこんなんだよ」
また猫に視線を戻す。そんなに猫がいいのか。そんなに。ものすごいニヤニヤしてる。まあいつものことか。
店長もこんなんって、誤っても三人のときに猫の写真集届いてほしくないなあ。
「飼ってはないんですか」
「俺のアパートペット禁止だから」
期待してなかったのにあっさり返事が返ってきてちょっとびっくり。さらには写真集まで閉じて本の山に戻してしまった。
「でも実は飼ってるんだ」
「禁止なのに?」
「今から見せてあげる」
「別にいいです」
「遠慮しないでいいのに」
話してる間にも越後さんは手際よくレジを閉めて、あたしを店から追い出した。シャッターも閉めて本当はまだバイト中の店はすっかり閉店後みたいになった。
冗談だと思ってたんだけど。どうやら本気だったらしい。遂に給料泥棒になってしまった。
にこにこしたままの越後さんは行こっか、と言って歩き出す。短くなった髪がふわふわと風に揺れる。そのあとに続きながら、どうか店長にはバレませんようにと思った。
商店街の裏。夕日をバックに小学生たちが遊ぶ公園の横の細い道を抜けて、草がたくさん生えてるのをかき分けていったら少しだけ草のないところに着いた。工場の跡らしきところ。入っていいのかはわかんない。
「おいでー」
そこには均一ではない灰色の毛の子猫がいて、越後さんが呼んだら近付いてきた。
優しく抱き上げてそっと頭を撫でる。子猫は嬉しそうに目を細め、その子猫を見る越後さんは。
「ここに他人連れてきたの初めてだ」
「え」
「どう?猫可愛いでしょ?」
子猫の前足を掴んで、ネコパンチとか言いながらこっちに向かせる。確かに可愛い。
「美濃ちゃんって猫みたいって思うんだ」
だから連れてきたんだよね、と子猫を抱き直しながら言う。
もう太陽が沈みそう。世界はオレンジからじわじわと青紫へと移っていく途中だった。お願いだからまだ沈まないで。頼むからオレンジのままで。
「…店長もそう言うと思いますか」
「えー、他の人は言わないんじゃない?俺が思っただけだから」
よく考えたら太陽が沈んだら辺りは真っ暗になる。そんなこともわからなかったなんて自分が情けなさ過ぎる。まあ暗くなったせいでこけないように越後さんの服の袖を掴んで帰るはめになった訳だけど。
「猫がいれば、本当になにもいらないんですか」
「うん、それくらい好きだもん」
店に帰ったら店長にこっぴどく叱られました。(越後さんが)
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